この文書の所在
Junkieta.netLog → Story, 2004-07-21

犬と僕

  1. 俺の生活
  2. 知らないヤツらがきた
  3. 悩みの種
  4. 鍵の喜怒哀楽か

俺の生活

俺は昼間いつもガレージの車の下で寝そべっている。この首についた鎖のおかげで、俺の行動半径はガレージ内の一メートル前後だ。その範囲で暑さ寒さを凌ぐには、やはりなんといっても車の下が一番だ。

人間達は遠巻きに俺を眺めるばかりで、ほとんど近寄ってこない。もっとも今の季節、昼間近寄られれば暑くて仕方ないのだが。以前は尻尾を振って愛想のいい犬を演じていたものの、もうそれも飽きた。人間達といったら、俺とコミュニケーションするとなると撫でるか「可愛い可愛い」を連呼するばかりなのだ。退屈な連中だ。

だが俺にも自由がある。日付の変わる頃、俺は鎖を放たれる。確か人間達は俺たち犬を鎖からはずしてはいけないはずなのだが、この俺が真夜中に散歩していても誰も咎めない。まあそのあたりの事情についてはよく知らない。俺はとりあえずこのつかの間の自由を満喫しようと通りをぶらつく。

夜は静かだ。人間達の声が聞こえてもくるが、建物の中に籠もっていてあまり大きな音はしない。一方の俺は昼間に睡眠をよくとっているから、今こそ遊びつくしたい時なのだが。活動時間が違うというのは、コミュニケーションを阻害する一つの要因だとわかる。

知らないヤツらがきた

ところで最近、その状況に少し変化が起きた。深夜になって外をぶらつく若い人間が移り住んできたのだ。あいつはたいがいいつもメスを一匹連れていて、通りの突き当たりにある自販機へと歩を進める。

俺はその晩、暇ついでに後をつけることにした。あいつはすぐ気付いて、俺に「獣臭いな、お前」と言い、またすたすた歩き始めた。失礼なヤツだ。メスの方は必ず一度話しかけてきて、時には身体を撫で回してくる。飽きたはずの感覚が、涼しいせいか妙に心地よい。俺はずっと一人で散歩しているのも芸がないと思い、この連中の後にそのままついていくことにした。

しかしあいつらは自販機で飲み物を買うなり、すぐに引き返してしまう。どうやら俺と違って夜の散歩をじっくり楽しむつもりはないらしい。人間というのはせっかちで困る。こうして出会えた何かの縁を、そんなに簡単に放り出すなど考えられない。

悩みの種

その時は気付かなかったが、どうやらあいつらは俺の住処の隣に越してきていたらしい。それを知ってから俺は、その住処に深夜ちょくちょく脚を運ぶようになった。たまにもらえる骨がうれしい。これは友情の印だと思ったのだが、そうすると俺も何かお返しをするべきかもしれない。そう考えたとき、問題があった。俺には人間が喜ぶものなど思い浮かばなかったのだ。

悩んでいるうちに、俺は人間のことを知らな過ぎたと考え始めた。物心ついた時には今の主人に飼われ、食事を与えられていた。だがこちらが何かを与えたいと思ったことはない。そんな発想が生まれなかった。しかしいざそうなってみると、何をしてよいやらとんとわからない。退屈だと切り捨て、ろくに観察していなかったのだ。

鍵は喜怒哀楽か

結局、俺はこの悩みのきっかけを作ったあいつらの家の前を毎晩の散歩コースに加えた。あいつらの喜び方、嫌がり方を観察するのだ。あつかましいヤツだ、犬の風上にもおけないと言うことなかれ。俺が人間の嗜癖を知り尽くした際には、骨の十本や百本どころではない喜びをあいつらに与えてやるのだ。人間の言葉にも「出世払い」という概念があるではないか。その時期が来るまで、しばし俺はあいつらを対象に研究を重ねることとする。

…正直なところは、骨ももらえることだし、この犬生のよい暇つぶしが見つかったという話なのだが。まあそこは隣人となったよしみで大目に見てもらおう。

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published:2004-07-21